前回のブログでは、長崎県の歴史や文化についてご紹介しました。
今回はその続編として、今回の旅の中でも特に印象深かった 軍艦島(端島) について書きたいと思います。
テレビや写真では何度も見たことがありましたが、実際に訪れてみると、その迫力と歴史の重みに圧倒されました。
長崎に行かれる方には、ぜひおすすめしたい場所です。
軍艦島とはどんな島?
軍艦島は正式には 端島(はしま) といいます。
長崎港から約19km、船で40〜45分ほどの場所にある小さな人工島です。
面積は約6.3ヘクタールで、南北約480m、東西約160m、周囲約1.2km、東京ドームの約1.3倍の小さな島です。
かつてこの島では海底炭鉱の採掘が行われ、日本の近代化を支える良質な石炭が掘り出されていました。
島の周囲を護岸堤防で囲み、高層アパートが立ち並ぶその姿が、当時の軍艦「土佐」に似ていたことから、いつしか「軍艦島」と呼ばれるようになったそうです。
海の上に突然現れるその姿は、まさに要塞のようで圧倒されました。
日本の発展を支えた軍艦島の歴史
1890年に三菱が本格的な採掘を開始し、軍艦島は大いに栄えました。
最盛期の1960年頃には、約5,300人もの人々が暮らしていたそうです。
この小さな島にそれだけの人口が集中していたため、世界一の人口密度とも言われていました。
また、日本初の鉄筋コンクリート造高層集合住宅も建設され、現在もその姿を残しています。
しかし、エネルギーの主役が石炭から石油へ移り変わる中、1974年に炭鉱は閉山。
そのわずか3か月後にはすべての島民が島を離れ、無人島となりました。
たくさんの人生や思い出が詰まった島だったのだろうと、胸が熱くなりました。
小さな島での暮らしは意外にも豊かだった
島での生活は不便で厳しいものだったと思っていましたが、調べてみると意外にも生活水準は高かったそうです。
坑夫の方々は命がけの仕事ではありましたが、その分収入も高く、現在の価値で月給50万円程度とも言われています。
そのため
- テレビ
- 冷蔵庫
- 電化製品
なども早くから普及していたそうです。
さらに島内には
- 小中学校
- 幼稚園
- 病院
- 映画館
- パチンコ店
- キャバレー
まであり、生活のすべてを島内で完結できたとのこと。
小さな島にひとつの街がそのまま存在していたようなものですね。
それでも過酷だった島の環境
便利な面もありましたが、やはり厳しい環境だったことも想像できます。
最初は水道もなく、真水はとても貴重だったそうです。
その後、本土から水道が引かれたとのことですが、水の大切さは今以上だったでしょう。
また、台風の時には逃げ場もなく、停電した部屋の中でじっと耐えるしかなかったそうです。
海に囲まれた島で暮らす大変さを感じました。
上陸できるかは運次第!軍艦島ツアーへ
軍艦島へは、長崎港から専用ツアー船で向かいます。
複数の会社が運航しており、料金は大人一人4,000〜5,000円ほどでした。
船旅で出航から間もなく、巨大な「ジャイアント・カンチレバークレーン」が目の前に現れます。100年以上経た今も稼働している現役の施設です。
三菱合資会社時代の1909年に導入されたスコットランド製で、日本に初めて設置されたものです。
同型で現存しているものは世界でも少なく、本機はスコットランドが初めて輸出したものであり、現役で稼働している世界最古のものとして、国際的にも非常に価値のあるものとなっています。
「世界遺産・明治日本の産業革命遺産」を構成する23資産のひとつですが、三菱重工業長崎造船所内の施設であり、一般非公開となっています。
長崎港の両岸を結ぶ「女神大橋」をくぐると、長崎湾に出ます。
そこから、軍艦島の隣に位置する島々を眺めながらのクルージング。
軍艦島の手前まで来ると、海上から島の周囲をぐるっと回って全体像を見ることができます。
これがまた圧巻でした。
「軍艦島」という名前そのままの迫力ある姿。
海の上にそびえる巨大なコンクリートの塊のようで、思わず見入ってしまいました。
ただし、風や波、天候によっては上陸できない日も多いそうです。
今回は無事に上陸でき、本当に運が良かったです。
実際に上陸して感じたこと
上陸してまず感じたのは、独特の静けさです。
かつて5,000人以上が暮らしていた場所とは思えないほど静まり返り、時が止まったような空気が流れていました。
崩れかけた高層住宅、むき出しになったコンクリート、風の音。
ただの廃墟ではなく、そこに確かに人々の生活があったことを感じる場所でした。
ガイドさんのお話を聞きながら歩くと、より一層その歴史が胸に迫ってきました。
世界遺産なのは島全体ではなかった
現地で初めて知ったのですが、軍艦島全体が世界遺産というわけではありませんでした。
登録されているのは
- 明治時代のレンガ造りの施設
- 初期の護岸設備
など一部のみだそうです。
そのため、有名な鉄筋コンクリート住宅群などは保存対象となる世界遺産の対象外とのことでした。
保存活動も十分とは言えず、立入禁止区域には、いつ倒壊してもおかしくない建物もあるそうです。
今ある景色が永遠ではないと知り、今のうちに訪れてよかったと感じました。
緑のない島が、今は緑豊かな島へ
かつて軍艦島は緑の少ない島だったそうです。
子どもたちのために、屋上に農園を作っていたという話も聞きました。
ところが現在は、無人化した島に鳥たちが運んだ種子などによって、緑が広がっています。
人が去ったあと、自然が戻ってきた姿もまた印象的でした。
まとめ|長崎に行くならぜひ訪れてほしい場所
軍艦島は、写真や映像だけではわからない迫力があります。
日本の近代化を支えた歴史、そこで暮らした人々の営み、そして今なお残る建造物。
実際にその場に立ってこそ感じられる空気があります。

長崎を訪れる機会があれば、ぜひ一度足を運んでみてください。
今回の旅の中でも、特に心に残る貴重な体験となりました。
佐世保についても、別の機会に追記したいと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
現在、開業・勤務以外、その他社労士として、都道府県社労士会や全国社労士会のweb研修、所属支部の勉強会に参加しながら、開業することをめざして、日々研鑽に努めています。
これから社労士やその他の様々な資格取得をめざして勉強している方や、これからの人生をどのように充実させていこうかと考えておられる中高年の方々に少しでも参考となる、元気になる、情報を発信していきたいと考えていますので、どうぞ、よろしくお願いします!
人生はまだまだこれからです。一緒に楽しみながら、頑張っていきましょう〜♪

