長崎旅行|3泊4日で歴史・絶景・グルメを満喫してきました
先日、3泊4日で長崎旅行へ行ってきました。
今回巡ったのは、九十九島、佐世保軍港クルーズ、ハウステンボス、長崎市内観光、そして稲佐山の夜景ツアー。かなりの駆け足旅でしたが、見どころ満載でとても充実した時間になりました。
さらに、同行した家族の希望と段取りのおかげで、当初予定していなかった場所にも行くことができました。
太平洋戦争開戦の暗号電文「ニイタカヤマノボレ1208」を送信した旧佐世保無線電信所、そして軍艦島です。
また、ご当地グルメも堪能。卓袱料理(しっぽくりょうり)など、長崎ならではの和華蘭(わからん)の郷土料理も楽しめました。
※卓袱料理
朱塗りの円卓を囲み、大皿に盛られた料理を銘々取り分けて楽しむおもてなしの宴会料理です。
お鰭(ひれ)というお吸い物から始まって、梅碗(しるこ)で締めくくるコースが一般的だそうです。
長崎について、実はよく知らなかった
振り返ってみると、私は長崎についてあまり詳しく知りませんでした。
教科書で習うのは
- 南蛮貿易の拠点
- 出島
- 最後の被爆地
このあたりが中心だったように思います。
ですが、実際に訪れてみると、長崎はそれだけでは語れない、とても奥深い場所でした。
地政学的に見ても特別な場所・長崎
中世の地図にも「NAGASAKI」の文字が大きく描かれていたそうです。
それだけ当時の世界にとって、日本との玄関口として認識されていたのでしょう。
海に開かれた港町であり、日本と海外をつなぐ最前線。
長崎が歴史の舞台になってきた理由が、現地に行くとよくわかります。
独自に発展した“和華蘭文化”
長崎は、中国やオランダとの交流が早くからあったことで、独自の文化が育まれました。
それが「和華蘭(わからん)文化」です。
- 和(日本)
- 華(中国)
- 蘭(オランダ)
この3つが混ざり合った文化で、街並み、建築、食文化、装飾など、あちこちにその面影が残っています。
異国情緒があるのに、どこか日本的。
この独特な空気感が長崎の大きな魅力だと感じました。
歴史の転換点に何度も立ってきた街
長崎港は1571年に開港し、ポルトガルなどとの南蛮貿易で栄えました。
江戸時代には鎖国政策が進められましたが、出島ではオランダや中国との交易が続き、西洋文化や学問が伝わる日本唯一の窓口となりました。
幕末から明治維新にかけても、多くの外国人が滞在し、坂本龍馬の亀山社中など、近代日本の形成にも深く関わっています。
そして1945年8月9日。
長崎は原爆投下という大きな悲劇に見舞われました。
現在の長崎は、その歴史を乗り越え、平和を発信する都市として大きな役割を果たしています。
「長崎は今日も雨だった」は本当なのか?
旅行前、天気予報では前半くもり、後半は一時雨とのこと。
そこで思い出したのが、1969年の大ヒット曲
「長崎は今日も雨だった」 です。
実際、長崎は全国的にも降水量が比較的多い地域とされています。
特に梅雨や台風シーズンは雨が多いようです。
とはいえ、もちろん毎日雨というわけではありません。
むしろ、坂の多い街並みや異国情緒ある景色に雨が似合う。
そのイメージが歌と重なり、人々の印象に残ったのかもしれません。
私が訪れた最終日もあいにくの雨でした。
- 静かな大聖堂
- 平和祈念像
- 雨に包まれた街並み
どこか厳かで、心に残る風景でした。
晴れた長崎も良いですが、雨の長崎もまた味わい深いと感じました。
まとめ|長崎はもっと時間をかけて巡りたい街だった
今回の旅で感じたのは、長崎には“融合”の魅力があるということです。
まるで、ちゃんぽんのようです。
- 日本文化
- 中国文化
- 西洋文化
- キリスト教文化
- 平和への祈り
こうした多様な要素が混ざり合い、他の街にはない独特の世界観を作り出しています。
そして歴史を知れば知るほど、長崎が中世から近代日本を支えてきた重要な場所だったことも実感しました。
今回は駆け足旅でしたが、それでも十分に魅了されました。
次回はもっとゆっくり滞在して、さらに深く巡ってみたいと思います。
もっと詳しく知りたい方は以下のサイトを参考になさってください。


また、軍艦島ツアーも非常に印象的でした。
ガイドの方のお話から、かつての暮らしや壮絶な歴史を知り、胸に迫るものがありました。
こちらについては、また別の記事で詳しくまとめたいと思います。
